映画を彩るレノンの名曲を、ビートルズ愛好家:藤本国彦が語る!
しっかりジョン Hold On
オリジナル発売日:1970年12月11日
収録CD『ジョンの魂』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76936)
更新:9/4

 ジョン・レノン初のソロ・アルバム『ジョンの魂』(70年)に収録された曲です。希望に目を向けた内容で、妻オノ・ヨーコや世界の人々を励ます前に、ジョンはまず自分自身に言い聞かせるかのように歌っています。ビートルズの「レボリューション」と同じく“It's gonna be alright”(うまくいくよ)というフレーズを盛り込んでいるのも見逃せません。ジョン、リンゴ・スター(ドラムス)、クラウス・フォアマン(ベース)の3人のみの簡素な演奏とアレンジでアルバム『ジョンの魂』は成り立っていますが、この曲はまさに自分の気持ちを抑えるかのような効果的な演奏が耳に残ります。間奏のギターの前にジョンが「クッキー!」とつぶやいていますが、これは『セサミ・ストリート』好きのリンゴに向けてのものだったのでしょう。

 映画でも、ダニー・コリンズが家を飛び出し、別天地へと一人向かうという場面に使われています。「しっかり、ダニー」と。

これで映画『Dearダニー 君へのうた』を彩る、ジョンの楽曲のほとんどを紹介しました。劇場公開は明日を皮切りに全国各地で続いていきますが、ぜひスクリーンで映画とともにこれらの歌を楽しんでください。

ビューティフル・ボーイ Beautiful Boy(Darling Boy)
オリジナル発売日:1980年11月17日
収録CD『ダブル・ファンタジー』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76943)
更新:8/28

 ジョンは、最初の息子ジュリアンに向けてビートルズ時代に書いた子守唄「グッド・ナイト」(68年)はリンゴ・スターに歌わせましたが、2番目の息子ショーンのこの子守唄は、復活アルバム『ダブル・ファンタジー』(80年)に収録しました。波の音に続き、復活シングル「スターティング・オーヴァー」と同じく祈りの鐘を冒頭に配し、「目をつぶってごらん」と優しく語りかけるジョン。トロピカルな雰囲気のあるサウンド作りになっているのは、この曲のデモ・レコーディングがバミューダで行なわれたためでしょう。74年にヨーコの指示でジョンと「失われた週末」を共にした秘書のメイ・パンは、その時のこの曲のメロディを聴いたことがあったと語っていました。

 映画では、ダニー・コリンズが息子と久しぶりに再会した場面でさりげなく聞こえてくる、というニクイ演出になっています。しかもよく聴くと、使われているのはバミューダで録られたデモ音源という凝りようです。

ノーバディ・トールド・ミー Nobody Told Me
オリジナル発売日:1984年1月27日
収録CD『ミルク・アンド・ハニー』(ユニバーサル ミュージック・TOCP-70908)
更新:8/21

 復活アルバム『ダブル・ファンタジー』(80年)と同時期に制作が開始され、ジョンの死後に遺作として発表された姉妹アルバム『ミルク・アンド・ハニー』(84年)からの先行シングル曲です。もともとリンゴ・スターのために書かれた曲ですが、これはジョンが歌ってこその内容。たとえば「みんなしゃべってるけど、何も言っちゃいない」とか「みんなキメてるけど、誰もトンでない」など、ジョンならではのフレーズがてんこ盛りです。そしてジョンはこう続けます。「こんな時代になるなんて誰も教えちゃくれなかった」と。ジョンの力強いヴォーカルやトニー・レヴィンのベースをはじめ、スタジオでのリハーサルにしてこの迫力。完成版が仕上がっていたらどれほどすごい曲になっていたかと思います。

 映画では、息子を励ますダニー・コリンズの姿を思い出し、自宅前で立ち尽くす息子の心境を代弁するかのようにこの曲が流れてきます。

コールド・ターキー Cold Turkey
オリジナル発売日:1969年10月24日(シングル)
収録CD『レノン・レジェンド』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76944)
更新:8/14

 まだビートルズが解散する前にジョン・レノンがプラスティック・オノ・バンド名義の2枚目のシングルとして69年10月に発表した曲です。ジョンはこの曲をビートルズとして発表したがっていましたが、他のメンバーは拒否。麻薬の禁断症状を歌い込んだ歌詞が物議を醸し、放送禁止処分を受けています。エンディングの壮絶なヴォーカルはオノ・ヨーコの影響を感じさせます。69年9月13日にトロントで開かれたロックンロール・リヴァイヴァル・ショーで新曲として初披露されたあと、9月25日と26日にエリック・クラプトンらとレコーディングが行なわれました。

 ジョンの破滅的・破壊的でありながらも真っ正直なロックンローラーとしての生き様を歌い込んだこの曲が、映画の主役ダニー・コリンズになぞらえて、しかも曲が流れる場面にふさわしい使われ方をしていること。そこに『Dear ダニー 君へのうた』の選曲の良さも表われています。

夢の夢 #9 Dream
オリジナル発売日:1974年10月4日
収録CD『心の壁、愛の橋』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76941)
更新:8/7

 名作の誉れが高い『心の壁、愛の橋』(74年)が全米アルバム・チャートの1位を獲得したこともあって、アルバムからのセカンド・シングルとして発売された、まさに夢見るような名曲です。出だしのジェシ・デイヴィスによるスライド・ギターから聴き手を夢見心地にさせるメロウなサウンドが印象的です。ジョンと「失われた週末」を過ごした秘書メイ・パンに向けて書かれた曲で、ジョンの名を呼ぶメイ・パンの声がフィーチャーされています。

 ちなみに原題の“#9 Dream”の「9」はジョン・レノンのラッキー・ナンバー。ジョンは9日生まれで9番地に住み、ビートルズ時代にはオノ・ヨーコとの実質的な共作曲に「レボリューション 9」と付けています。ポール・マッカートニーと最初に書いた曲のひとつにも「ワン・アフター・909」(「909」は9時9分の意)と付ける徹底ぶりでした。映画では、ダニー・コリンズの復活ライヴを前に、息子一家とともに過ごす場面に登場します。

真夜中を突っ走れ Whatever Gets You Thru The Night
オリジナル発売日:1974年10月4日
収録CD『心の壁、愛の橋』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76941)
更新:7/31

 エルトン・ジョンとの共演シングルとして全米1位に輝いたヒット曲です。これがジョンのソロ初のナンバーワン・ヒットだったとは意外な気がします。内省的な曲の多い『心の壁、愛の橋』(74年)の中では「ホワット・ユー・ガット」と並ぶ最もノリの良い派手な曲で、ホーン・セクションをバックにエルトン・ジョン(高音を担当)とほとんど一緒に歌っています。タイトルは、ジョンが観ていたアルコール中毒に関するテレビ番組での福音伝道者の発言からとられたそうです。

 シングルが1位になったらコンサートで共演してほしいというエルトンとの約束を守り、74年11月28日にニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで二人は共演。この時期ジョ ンは、オノ・ヨーコに家を追い出され、ロサンジェルスで毎日飲んだくれる「失われた週末」を過ごしていましたが、ライヴ終演後に二人はほぼ1年ぶりに再会を果たします。映画でも、ダニー・コリンズがロサンジェルスの豪邸で派手なパーティを楽しむ場面に使われています。

ラヴ Love
オリジナル発売日:1970年12月11日
収録CD『ジョンの魂』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76936)
更新:7/24

 これも初のソロ・アルバム『ジョンの魂』(70年)に収録された曲です。『ジョンの魂』からは「マザー」しかシングルになりませんでしたが、この曲は発売当時から名曲として知られていました。ジョン・レノンの死後(82年)、ようやくベスト・アルバム『ジョン・レノン・コレクション』からシングル・カットされています。

 ビートルズの「愛こそはすべて」と同じく「愛の概念」を題材にした曲です。同じくビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」はジョンが松尾芭蕉をヒントに書いたと言われる曲ですが、この曲も、オノ・ヨーコの影響を受けて俳句をヒントに書かれたようです。まさに詩的な歌詞がそれを物語っています。「インスタント・カーマ」が縁で『ジョンの魂』を共同プロデュース(実際は最後の3日間、主にミキシングを担当)したフィル・スペクターが印象的なピアノを弾いています。

 映画では、ダニー・コリンズのマネージャーが息子に向かって父親のことを話す場面に使われています。

ワーキング・クラス・ヒーロー Working Class Hero
オリジナル発売日:1970年12月11日
収録CD『ジョンの魂』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76936)
更新:7/17

 ジョン・レノン初のソロ・アルバム『ジョンの魂』(70年)に収録された曲です。アコースティック・ギターをバックにジョン・レノンが訴えかけるようなヴォーカルを、淡々と聴かせます。実際は労働者階級ではなかったジョンですが、階級制度の厳しいイギリスで中産階級に搾取され組み込まれる労働者階級に向けての戒めと皮肉を込めたジョンならではのメッセージ・ソングと言えるでしょう。そしてジョンは歌います――「英雄になりたいなら、僕についてくるんだ」と。自意識過剰だと批判する声も当時聞かれたそうですが、「平和を我等に」や、このあとに発売された「パワー・トゥ・ザ・ピープル」と同じく、平和を希求するジョンの想いが結実した曲のひとつであるのは明らかでしょう。

 映画では一部が流れるだけですが、しがないシンガー・ソングライターからスターへと上り詰めた「成り上がり」ダニー・コリンズのこれからを象徴する場面にこの曲を使用したセンスの良さが光ります。

インスタント・カーマ Instant Karma!
オリジナル発売日:1970年2月6日(シングル)
収録CD『レノン・レジェンド』(ユニバーサル ミュージック・UICY-76944)
更新:7/10

「平和を我等に」「コールド・ターキー」に続くソロ3枚目のシングル曲です。ジョン・レノンはこの曲を70年1月27日の朝に書き上げ、すぐにレコーディングして発売したいと考えました。このあたりは、直感で動くジョンらしいエピソードですね。その日の夜にジョージ・ハリスンほかメンバーをスタジオに集め、ジョージの勧めでフィル・スペクターをプロデューサーに起用、シンプルで力強いこの曲を、ジョンはわずか1日で完成させます。発売はレコーディングからわずか10日後の70年2月6日。まさに「インスタント」な曲でした。

 ビートルズの「愛こそはすべて」に通じるメロディと歌詞が印象的です。特にコーラスで繰り返される「僕らはみんな輝いている。月や星や太陽のように」というメッセージは、聴き手を勇気づける効果絶大だと思います。スペクターの技量を高く評価したジョンとジョージは、この直後、暗礁に乗り上げていたビートルズのラスト・アルバム『レット・イット・ビー』のプロデュースを彼に任せたのですから、この曲はその橋渡しとなった曲としても見逃せません。映画ではエンド・クレジットのBGMとして使われています。

筆者:藤本国彦

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